謹んで新年を 2021/1/1
あけましておめでとうごさいます
昨2020年(令和2年)は、大変な年になってしましました。
感染防止の為である、ということで。
「人と人との物理的接触を極力回避すべし」
とする異例の要請が、長期間に亘って発出されております。
またそれが受け入れられるという異常事態のまま、まもなく1年が経とうとしております。
その中で、「浜松まつり」中止。
すなわち松江町の凧揚祭も中止と。
これ、
当時「日支事変」と言われた日中戦争から太平洋戦争終結までの間、
凧揚祭が中止となったのと似ていて、
その「前」と「後」とでは、
社会がすっかり変わってしまったあの時のようなことになるのかなぁと、
昨年3月ぐらいに、漠然とした不安とともに漠然と考えたことを、思い出しました。
祭というものは。
そもそも、人が集まり、お神酒を酌み交わし、
さらに結束したエネルギーをぶつけ合う、というものですから。
物理的な「密」を避ける、ということが不可避な部分が大きい。
「社会」というものは。
「人と人との関係」であり、
「町内」は、紛れもなく住民の社会単位であります。
その核に、凧揚祭がある(浜松においては)。
物理的な接触をせずに維持することは、極論すると不可能。
そうは言っても。
現実問題として、「感染拡大の契機となった」などと、後ろ指を指されるような真似はできませんね。
この騒ぎが収まるまでは。
町内の関係を維持しつつ、凧揚祭の基盤を維持しつつ、後世に伝えて行く努力を、続けなければなりません。
収束することを祈念しつつ。
(&早く終らんかなァ、という心の叫びと共に)
本年もよろしくお願い申し上げます。
2021年 令和3年 元日
(善)
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